亀戸天神社の木鷽は幸運を招きます

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天神様と木鷽はつきものです

正月もだいぶ落ち着いて梅の花が咲こうとしているときに亀戸天神社に足を運ぶ。藤の花も有名だけれどもまだ咲いているわけもない。

そんなこんなでいつもどおり亀戸天神社に着いたわけだが、いつも気になっていた、というよりどうでもよかったのがこの木鷽。木彫りでカクカクの棒を削ってつくられたのだろうこの木鷽と呼ばれるものは亀戸天神社においておなじみの光景。 色合いが鮮やかで美しいがいかにもつくりが簡素で荒削りというのが私の感想。ただ菅原道真を祀る天神とか天満宮にはよく見かける風景だとネットで調べて知る。

たかが木彫りの鳥だが侮ってはいけない。何でも菅原さんが道に迷ったかなんかしたときに助けてくれたのが鷽。それに痛く感謝したのか菅原さんは鷽が好きになってそれが菅原さんと鷽を結びつけることになったらしい。 不確かな情報を参考に紡ぎあげた自分の認識によるとこの木鷽には由緒ある謂れが隠されているのだ。

幸運を招くとか、よくある話です

スーさんと木鷽の関係はいろいろあるようだが込み入ったことは興味がありません。詳細はいろいろ調べてみてください。

さてそんな木鷽だがいったいどんなご利益があるというと幸運を招くとのこと。亀戸天神社で絶賛販売中だから幸運に預かりたい人はこの木鷽を買い自宅のクローゼットの上に置いたり軒先に吊るしたり使い方はよくわかりませんが大事にしておけば幸運がやってくるそうです。 これだけ可愛ければ幸運どうこうより飾りとしても使えそう。カップラーメンの上に置いてもよさそうだが、その場合は横向きにすべきかたタテのままおくべきか悩んでしまうのが正直なところではないだろうか?

いつも肌身離さずポケットにしまいこんでおくといいかもしれません。そうすれば幸福がまとわりつくようにして天から降りかかってくるかもしれませんがいわせて頂くなら幸福を掴むかどうかは皆さん次第です。

亀戸天神社を時折訪れると増えている

後日亀戸天神に行ってみる。この間は1個だけだったのにこの日は増えていた。まさに雨後のタケノコのようになってポコポコと木鷽たちが並び同じほうを向いている。 マーラー交響曲8番を歌おうとでもいうのだろうかというぐらいの整然性と規模。壮観とは言い難いだが地味に壮観なこの光景を俗に滑稽婉曲に親しみやすいと呼ぶ。

木鷽の数だけ幸福が増えるとでも言うのだろうか?「望みを持ちましょう。でも多すぎてはいけません。」私はモーツァルトの言葉を思い起こす。 幸福にとって大切なのは量なのか質なのか。幸福はGDPじゃはかれないというのはよく言われていることで先駆的にこれを取り扱った都留重人さんはえらいと思う。 同じように幸福は木鷽の数で測ることはできない。しかし幸福を質と見定めた人々がここにおいてってここにあるのかもしれずまさに雨ごn…

鷽替え神事は毎年あるみたいです

木鷽がメインに使用される機会は「鷽替え神事」のときであり毎年1月25日付近で開催されるという。亀戸天神のみならず全国の天満宮と呼ばれるところで行われるそうだ。

どういうことかというと「鷽」という音が「嘘」に通じるため、日常において嘘を言ってしまっているわれわれの悪い部分をきれいにしてもらおうというのが大雑把な要旨。 そこで木鷽を買ってくるのが恒例のやり方らしいです。

木鷽は今日も亀戸を見守っている

木鷽は天神社という鳥かごを飛び出し亀戸に繰り出しこの街をやさしく見つめ人々に安寧をもたらしている。古きよき下町亀戸に安らかさと静謐が日々息づいているのはこの木鷽のおかげかもしれません。

私は亀戸が好きです。